The Passionist 御受難修道会・使徒職活動のご紹介


われわれ御受難会会員は、現代の「十字架につけられた人々と連帯し、十字架の力のより所を求める。それは、神を無視し、あるいは操作しようとする、世界にはびこる不正に逆らって預言者的姿勢を取り、納得のできる形での命の神を宣べ伝えるためである。

皆様、ご訪問感謝申し上げます。

 わたしたちは、ローマに本部を置くカトリック御受難修道会の日本準管区です。1953年3月2名、8月3名が米国より来日し、5名のアメリカ人宣教師によって設立されました。

 日本準管区は2003年、50周年を終えて、総勢18名の小さな共同体です。東京(みことばの家)、宝塚黙想の家、福岡黙想の家にそれぞれ修道院があります。また小教区は、大阪教区内に池田教会と日生中央教会で共同宣教司牧を行っています。
 私たちは、御受難のカリスマを生きるために、「イエスのご受難の記憶をこころに刻み」主の受難を思い起こすことを典礼と生活のなかで生きるように人々に勧めます。会員は、創立者が見たビジョンを修道服の上に御受難のしるしを胸に着けています。

 教会では、御受難会を紹介するとき十字架のイエスの像の傍らに立って説教する米国宣教師の姿とともにこんな話が伝えられています。…飯田橋の御受難会への道を警官にたずねたところ、「御受難会の黙想の家」を、「五十何階の 木造の家」と聞き間違えた警官は、「え!五十何階の木造の家なんか、ここにはありませんよ」と言ったとか言わないとか、田舎のアクセントを交えての話し方に聴衆を魅了しながら、定番の笑い話ではじめる説教は御受難会の名前を印象付けました。御受難会の司祭・修道者は説教師、しかも祈りの教師として主の受難の神秘を宣べつたえます。日本では、黙想の家の施設を通して、黙想や祈りを指導することが私たちの使徒職です。この使徒職は創立者十字架の聖パウロの時代(イタリア18世紀)から始まる250年の伝統を持っています。現代では、ホームページに紹介しますように、小教区黙想会、小教区、教誨師、大学講師、幼稚園、ボランティア活動などなど、私たちの奉仕職を通して、現代のイエスの御受難に参与する人々に出会い、主の死と復活の秘義、救いの力に共にあずかり、主が生きておられることをあかしします。

 主の十字架の光によって人生を理解し、世界の出来事の意味を探る信仰の旅路を歩むことができるように会員一同一層研鑽し、皆様も同じ希望で結ばれ、互いに応援しあい祈り合いましょう。

日本準管区(MAIAP)
会員一同

2007年

女子御受難修道会来日50周年に際して十字架の聖パウロの伝記(スペンサー著 ドン・ボスコ社)を翻訳出版する

2006年

第2代準管区長 来住英俊神父が選出される

2005年

池田教会創立50周年、三人の新司祭誕生

2003年

御受難会来日日本宣教50周年を祝う

2001年

雲雀丘から売布へ女子修道院移転

1999年

日本分管区は準管区へ昇格 初代準管区長畠基幸

1994年

十字架の聖パウロ生誕300年祭

1989年

福岡黙想の家 福岡市片江から宗像市へ移転新築

1982年

会則会憲改訂

1980年

インドに修道院開設

1975年

十字架の聖パウロ帰天200年

1965年

日本分管区として独立

1964年

初の邦人司祭が誕生(國井健宏神父)

1964年

韓国に修道院開設

1958年

フィリピン修道院開設

1957年

4名の米国人御受難修道女会修道女が来日
雲雀丘に悲しみの聖母修道院を設立

1953年

聖十字架管区より5名の宣教師が日本に派遣される

1906年

アメリカ西部管区(Holy Cross Province)設立

1867年

十字架の聖パウロ列聖

1852年

十字架の聖パウロ列福・アメリカに修道院開設

1841年

英国に修道院開設

1781年

ブルガリアに最初の宣教地として会員を派遣する

1775年

十字架のパウロ帰天

1770年

御受難修道女会 会則認可

1741年

ベネディクト14世により会則認可

1737年

モンテ・アルジェンタリオに最初の修道院

1720年

十字架のパウロ着衣式(会則を書く、会の創立)

1694年

創立者十字架のパウロ生まれる(北イタリア、オバータで)

 

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