The Passionist 御受難修道会・使徒職活動のご紹介

 

聖霊のインスピレーションによって会則を書くパウロ

創立者は、40日間の黙想の間に、「同志を集めるように」という聖霊のインスピレーションにしたがって会則を書き上げた。ガテナラ司教に「・・・わたしがそれを書いたときは、あたかも誰かが私に書き取らせているように速く書けたのです。言葉が心からどんどん出てきているように感じたのです。私は神の啓示によって会則を書いたということを知っていただきたいと思って、この手紙を書いているのです。」

十字架の聖パウロの会則 1775年版

会則は、1741年5月15日 会則に認可を与えるとの答書が聖ベネディクト14世によって承認されました。

 1746年会則は正式認可されました。

 1760年盛式誓願の申請をした際に、聖パウロは会則に4点追加しました。これは、教皇クレメンス14世の教書によって1769年11月16日認可されました。

 1775年には、再度改定版を提出し、教皇ピウス6世によって会則が認可されました。その後、1930年と1952年~1959年に改定し、第二バチカン公会議の精神にあわせて会憲を刷新する必要性のため、暫定版が1968年~1982年まで出され、1984年3月2日会憲が正式認可されました。

 教皇庁は、『十字架の聖パウロの会則』のすべては1775年のピウス4世によって盛式に認可されました。これは、教皇と創始者パウロの真実な心と意志をあらわしており有効で重要です。

 それは、修道者がイエスの御受難をいつもこころにとめるように着実に保持されます。そのため、現会憲とともに、原会則を絶えず参照されるべきものとして大切にされています。

御受難会会憲・会則 1984年 改定


御受難会会憲・会則